木下工業株式会社 採用サイト

Project of KINOSHITA
木下プロジェクト

中之島フェスティバルホール 再建プロジェクト

プロジェクト概要

大阪市のビジネス街にある中之島フェスティバルホールの再建プロジェクトに参画。
大型建造物であることはもちろん、既存のフェスティバルホールを解体し、再建を行うという難しいプロジェクトであると言われていた。

既存設備の解体から始まった同プロジェクト

 木下工業の仕事はそのほとんどが国内TOPクラスのゼネコン・スーパーゼネコン各社から直接依頼を受けている。これは、当社が保有するHグレードという国内数社しか保有していない有資格に要因がある。
 そのため、国内で依頼をすることができる企業というのは数社に限られており、結果として当社には日々、全国各地からお問い合わせをいただいており、主要顧客としては大手ゼネコン(いわゆるスーパーゼネコン)がほとんどであり、有名な建造物がほとんどである。今回のプロジェクトもその一つだ。

 中之島フェスティバルホールは、1958年4月3日に新朝日ビルディング内にオープンしたのが当ホールの前身のホールであった。先代のホールは、木質系の材料で張り巡らされており、ホール筐体内部は音響特性に優れ、開館以来「残響の長さだけでなく音がまろやかに豊かに響く」とか「天井から音が降り注ぐ」等と称えられるほどの施設であった。しかし、老朽化に伴い、開館50周年を迎えた2008年いっぱいで建て替えのため一旦閉館となった。
 木下工業は、同プロジェクトにスーパーゼネコンからの依頼で進めることになった。工場におけるポイントは、一つあり、フェスティバルホールの上に超高層ビルを建設するという点にあった。

仕事の質が求められる工事案件

 この案件は様々な面で難しさのある案件であった。もともと先代のフェスティバルホールが国内でもTOPクラスの音響施設であるといわれており、この質を活かしつつ、ホールの上に高層ビルを実現するという内容であった。ホールというのは、構造上、空洞を持たせ、その髙さが高いほど音の反響がよくなり、ホールとして音響の質が向上すると言われている。
 今回の案件も当社だけに限らず、複数社の企業が協力しながら行う案件であったが、当社が任された場所というのが、フェスティバルホールと高層階を接続する部分という全体の中でもかなり重要度が高い場所であった。ビル全体の構造は、大手ゼネコンなどが概略図を描き、耐震構造などの設計を行う。しかし、その構造物にどのような部品(鉄骨)が必要で、どのような形状とすべきなのかという点は当社に一任されている。つまり、我々の提案次第で工事がうまく進まない、強度に問題があることが発覚したなど、後々の問題につながることも起きてしまうのだ。そのため、設計段階から非常に苦労した案件であった。全体の設計図における最適化はもちろん、当社が担当する箇所と隣接する企業との密な連絡交換の元、設計を進めていった。非常に手がかかったことを今でも覚えている。

国内最高峰のイベントホールを実現!

 この案件は2013年に完了し、皆さんもご存知の通り、中之島フェスティバルホールは言わずと知れた国内でもTOPクラスの音響を持つ音楽施設としての名を今は持っている。当時、工事に関わった人間は、全体の工事が安全に進むことはもちろん、先代のフェスティバルホールから音楽の質が落ちてはならないというプレッシャーの元、作り上げた。
 実際に、開場されるとほぼすべてのアーティスト・音楽関係者が先代のフェスティバルホールとそん色ない音質のある設備もしくは、元のままを再現できているという話もあるそうだ。

 我々の仕事は、頑丈で立派な建造物を建てることにある。しかし、ただ建てるのではなく、その施設が持つべきスペックなどを再現できなければ意味はない。建造物というのは一つ作るのに何社もかかわる分、話を聞くだけだとスケール感だけに惑わされ、豪快な仕事のようにも思えるかもしれない。しかし、一つひとつの製品を丁寧に、1mm単位の狂いもなく作ることで初めて、建造物はスペックを最大限発揮し、魅力ある施設となる。我々はただ、ものを作るのではなく、日々の暮らしを豊かにし、感動を与える活動の一翼を担っていると誇りに思える仕事だ。

当社プロジェクト実績

JR大阪駅 大阪ステーションシティ開発プロジェクト
中之島フェスティバルホール 再建プロジェクト
TOPへ戻る